ベタラム事件とバイル首相の関係
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フランス南西部ピレネー・アトランティック県の町ベタラム(Bétharram)のカトリック系の中学高校であるノートルダム・ド・ベタラム(Notre-Dame de Bétharram・1837年設立、2009年よりル・ボー・ラモー:Le Beau Rameauに改名)で1970年代から1990年代まで身体的暴力・性的暴行・強姦・マスターベーションや強制フェラ等の体罰が行われていたとして100件以上の告訴状が出され、ポー検察は1年間に渡って捜査してきました。1996年に最初の告訴がありました。生徒が監督官に平手打ちされて鼓膜が破れたというものです。次は1998年のカリカート(Carricart)神父による強姦事件でしたが、神父は翌月イタリアに戻り2年後にテヴェレ川に身を投げて死亡しております。さてこのベタラム事件がなぜバイル首相に結びついて大騒ぎになっているかと言いますと、2月5日メディアが当時1993年から1997年まで教育大臣であったバイル首相がこの事態を知っていたのに知らないふりをしたのではないかと話したからです。直ぐに左派(LFI)は「犯罪、または軽犯罪の事実を法廷に報告することを義務付ける刑事訴訟法第40条を発動すべきだった」と非難してバイル首相の辞任を要求しました(なんとしても左派は予算案を通さない為にも首相を辞めさせたかった)。2月13日バイル首相は「私はこの件に関する人

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