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『付き合う』という概念が いかに個人の自由を抑圧し いかに愛を不自由にしているのか

恋愛相談


こんばんはDJあおいです
読者さんからこんな相談をいただきましたよ
お悩み
29歳。好きな人に好かれています。
付き合っていないです。
以前、「付き合うこと」は重要なことだと思っていたので、何度か付き合いたいと伝えていて、でも彼は今は考えられないと言うので、悩んだり泣いたりして、被害者意識を抱き、会うことが辛くなったのでお別れしました(付き合ってないけど)。
しかし紆余曲折あり、半年ぶりに彼と会い楽しい時間を過ごしてきました。
「付き合うこと」は排他的な契約であることをあおいさんのnoteを学びました。その経験などを踏まえ、自分にとって恋とは愛とは、
コーヒーを一緒に飲みたい、散歩がしたい、触れていたい、ご飯を食べたい、何もしない、
などに加えて
安心とか笑っちゃうとか癒やされるとか愛しいとか
そういうやつたちのことについて言うのだったら、今自分は幸せだ、と思いました。
いつも通りいたすことになりましたが、悪くなかったです。
いたした次の日の朝に、寒空の下自分から手をつなげる自分になっていました。
傷つきたくない、好きな人に嫌われたくない、そんな防御が無ければ崩落してしまう自分では、幸せな関係を気づくことができなかったのかもしれません。
好きだと言われて求められて大切に抱かれているのに、信じられず、遊ばれていると自虐し、
いたした後、自分は用済みだと思い、手を繋ぐ勇

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